少し躊躇った後、厳しい顔のまま告げた。
「いいか、エマヌエーレ。……万が一、皇太子から夜伽を命じられても、そなたは断れぬ」 「ぇ……?」 一瞬、何を言われたのか分からなかった。 夜伽とはつまり、皇太子と閨を共にするということだ。 「公の場で求められることはない。私がその場にいれば、断れるように口添えはする。だが、もしそなた一人の時に命じられたら、謹んで受けよ」 「ですが! 私は、レオナール王子の婚約者ですっ」 王族の婚約者を夜伽に命じるなど、普通は考えられない。 王太子は哀れむようにエマを見つめた。 「皇太子は、何をしても許される立場だ。正当な理由があれば抗議はできるが、多少の暴挙には目をつむるしかない」 その言葉に、エマは悟った。 「……私がオメガだから、受けねばならないと言うことですか?」 「そうだ」 ためらいなく頷く王太子に、エマは唇を噛んだ。 もしエマがアルファかベータであったなら、ランダリエは非情な命令だと抗議するだろう。 「帝国のオメガは、娼婦と変わらぬ。同時に、我が国の『聖樹』は特別だ。皇太子が特別なオメガとして『聖樹』を所望した場合、受けねばならん」 王太子の言葉に、エマは俯いた。 『聖樹』は、王家の所有物だ。外交のカードとして使われるのは、当然のこと。 国のために、王家のために、道具として扱われるのが定めだと分かっていたが、目の前に突きつけられると、恐ろしくて仕方なかった。 「今残っている『聖樹』で、皇太子の夜伽をできる年齢の者は、そなたしかいない。そして、そなたはまだ正式な妃ではない」 王太子が続けた言葉に、愕然とした。 まさしく、その通りなのだ。 エマがレオナールの婚約者に選ばれたのも、年齢の釣り合う聖樹が他にいなかったから。歳の近い『聖樹』はもう他国の王族へ嫁いだ後だ。 そして、王太子夫妻には子が三人もいる。王家の血筋を残す意味でも、エマは必要ない。 ただ、しきたりによって、王子の婚約者に選ばれただ西殿へ戻るには、あの大広間を通らなくてはいけない。 集まっているのは王族や皇族、それに各国の要人や外交官ばかりだ。その半数は、アルファだろう。 オメガがフェロモンを放ちながら、アルファの前に出れば、最悪、悲劇が起きる。 どうにか、この場で鎮めるしかなかった。 「エマ様。ひとまず、お体を落ちつかせましょう。ここをまっすぐ進めば、薔薇の東屋があります。そのさらに奥でしたら、誰も近づかないはずです」 「うん」 ナタリナに支えられながら、巡回の騎士を避け、庭園の奥へと進んでいく。 エマには、どこをどう進んだか分からないが、しばらくして、薔薇の生け垣に囲まれた小さな空間に出た。 柔らかな芝生に、崩れ落ちる。 「エマ様っ」 「ぁ、だ、だいじょうぶ」 芝生にうずくまりながら、エマは熱い息を零した。 静香石は大人しくなったが、体が熱い。 ナタリナの言うとおり、発情(ヒート)の症状によく似ていた。 汗がにじみ、熱と疼きで体が震える。 「ああ、エマ様! すぐに抑制剤を取ってまりますから、もうしばらくご辛抱を!」 「んっ、ぁぁ、ナタリナ、」 「すぐに戻って参ります。なるべくお声を落として、静かにお待ちください」 ナタリナは焦った口調でそう言い、エマの体にストールをかけた。 そして、すぐに来た道に戻っていく。 夜空の月は、あと数日で満ちる。そのためか、月の光は驚くほど明るく、王宮の夜を照らしていた。 エマが周りの様子を窺うと、そこは薔薇の生け垣に囲まれた、小さな空間だった。 入り口は一カ所しかないようで、人目を避けて隠れるのに絶好の場所だ。 咲き誇る薔薇は色とりどりに美しく、昼間であれば、芳しい香りを胸いっぱいに吸い込んで、幸せな気持ちになれるだろう。 しかしエマは、汗がしたたり落ちるほどの熱に、息を乱しながら耐えた。だんだんと強くなる疼きに、エマの半身は緩く勃ち上がる。 「ぁぁっ、ん、んんっ」 エマは無意識
「ッ……ランダリエの王族は、アルファしか、認められていないのです」 「アルファのみですか?」 「はい」 「しかし、側妃との間なら、ベータが生まれることもあるでしょう?」 ルシアンの疑問はもっともだ。 王族や皇族は側妃を持つのが普通で、その間に生まれる子はアルファとは限らない。 「ぁっ、それは……側妃との間に生まれたベータは、臣下に下ります」 側妃の実家へ引き取られるか、ランダリエの貴族の養子になるのが通例だ。 そして、王の寵愛が得られていない場合、側妃も離縁される。 そこまでの事情は、さすがに外国の使節には話せない。 「ンッ……ぁ」 クルン、クルン、と回る静香石に、エマは足をモゾモゾさせた。 (んんっ……どうして、こんなに動くの?) もしかしたら、正常に作動していないのかもしれない。 ルシアンは感心したように頷く。 「なるほど。ランダリエ王家にアルファしかいないのは、そういう理由でしたか」 「はい……っ、て、帝国では、やはり、オメガへの扱いはよくないのでしょうか?」 エマは気になっていたことを尋ねた。 噂では聞いていても、実際にどうなのか、ルシアンの口から聞いてみたかった。 ルシアンは、オメガのエマにも、優しく微笑んでくれるから。 「そうですね……帝国ではオメガの地位は低いです。貴族ならまだ良いですが、平民のオメガは抑制剤も簡単に手に入りませんから、大変でしょう」 「そうなのですね……」 エマも、今は抑制剤を自由に手に入れられない。 その苦しさや辛さは、痛いほどよく分かる。 「薬がなければ、とても辛いでしょう……」 思わず呟いたエマに、ルシアンは慰めるように言った。 「ええ。ですが、抑制剤も日々進化しています。ここ数年は、平民でも買える安価なものも出回っていますから」 「本当ですか?」 「ええ」 「よかった」 薬の効き目が弱くても、何も無いよりはマシなは
「聖樹について、詳しく伺っても構いませんか? 帝国にはない制度なので、興味深くて」 「はい。何なりとお尋ね下さい」 『聖樹』と呼ばれようと、結局はオメガなのだ。外交の場では、冷やかしや軽蔑を含んだ態度で『聖樹』について質問されることがよくあった。 だけど、ルシアンの表情から読み取れるのは、純粋な好奇心だけだ。 外国の文化を知りたいと、興味を持って聞いてくれている。 (ルシアン様は、帝国の貴族なのに) 帝国はオメガ蔑視が強いのに、エマを普通の人間として扱ってくれる。 そのことが、とても嬉しかった。 「聖樹は、みな神殿に入ると聞きましたが、エマはどこに住んでいるのですか?」 「あ、私はいま西殿(さいでん)で暮らしています。その前は、神殿にいました」 「神殿は、ここから遠いのですか?」 「はい。馬車で五日ほどかかります。聖なる山の中腹に建つ大神殿で、険しい山道もあるので、簡単に行き来はできないのですが」 エマはかつて過ごした、イーリス大神殿のことを思い出す。 平民のエマは、神殿に引き取られた後、新しい名前を与えられた。 エマヌエーレ・イーリス。これは、神殿長が付けて下さった名だ。 「私は十四の年に、大神殿でのお勤めを終えて、西殿へ移りました。なので、王宮で過ごすようになって、まだ二年ほどです」 「そうですか。王宮の暮らしには、慣れましたか?」 「はい……」 エマは頷いたが、正直なところ、慣れたとは言えない。 神殿では、他の『聖樹』から冷たくされたけど、それ以外の神官たち はみな優しかった。けど、西殿の住まいは、出身階級で明らかに差別されているし、王宮で会う貴族は、エマに好意的でない人も多い。 そんなことを思い出して俯くエマに、ルシアンが話題を変えるようにいった。 「エマの住む西殿も、ぜひ伺ってみたいですね」 「あ、西殿に殿方は入れないのですっ」 エマは首を振り、ルシアンに説明した。 「西殿には『聖樹』が暮らしている
「黙れ。いいからさっさと行ってこい!」 「……かしこまりました」 苛立つレオナールに、これ以上は言っても無駄だと悟る。 エマは大人しく頷いたが、レオナールは冷ややかに言った。 「貴様が視界に入ると目障りだ。適当なところで引き上げて、あの薄汚い巣へ戻れ。ドブネズミめ」 レオナールは暴言を吐き、エマをきつく睨んでから、身を翻した。向かった先に、深緑のドレスを身を包んだ令嬢が見える。 「カミラ嬢……」 何度か見かけたことのある、公爵令嬢のカミラだった。 薄絹を重ねた背中や肩を露出したカットは、かなり大胆なデザインだ。 胸元を飾る大粒のダイヤモンドは、レオナールが贈ったものだと噂されている。 美しいドレスと宝石で着飾り、レースの扇子を手に持って、男達と談笑する姿は、ひときわ目を引いた。 レオナールが近づくと、歓声が上がり、楽しげに談笑する姿が見える。 レオナールが、あのように微笑みを浮かべるのは、カミラ嬢にだけだ。 (カミラ嬢と、結婚すればいいのに) どうして、婚約者が自分なのだろうと、エマは身の上を嘆いた。 レオナールを引き立てるために努力しても、成果を褒められることはない。忌み嫌われ、暴言を浴びせられる。 本当は、まだ挨拶するべき相手がいるのに、レオナールは王族の務めを放棄した。 エマは仕方なく、一人で外交官たちへ挨拶に回ったのだった。 レオナールは弱小国などと見下しているが、王子の婚約者にすぎないエマが一人で挨拶に来たことに、ほとんどの者が気分を害したようだ。 きつい言葉で嫌味を言われ、エマはひたすら頭を下げた。 挨拶が終わる頃にはかなり疲弊していたが、それでも最後まで接待をしなくてはいけない。 (ちょっと休憩しよう) そう思って、壁の方へ移動すると、思わぬ人から声を掛けられた。 「エマ殿」 「あっ、ルシアン様!」 振り向くと、憧れのルシア
『聖樹』に欠かせない礼装は、必要に応じて誂えてもらえたし、抑制剤も申請すればもらうことができた。 慎ましく暮らしてきたエマにとって、華やかな場は気後れするばかりだった。 何とか晩餐会を終えた後は、大広間でのパーティだ。 エマの仕事は、貴賓である帝国貴族のもてなしである。 大広間に足を踏み入れ、エマはその豪華さに目を見張った。 「うわぁっ」 白亜の大理石が床一面に広がり、その上には金糸のカーペットが敷き詰められている。天井には夜空の星を模しているのか、クリスタルのランプが無数にきらめき、光の粒が空間を漂っていた。 壁を飾る絵画や彫刻は、すべてこの国の歴代王や英雄たちの姿が描かれている。 だが、それ以上に目を奪われたのは、王国で採れる宝石で彩られた装飾だった。サファイアで象られた花のブローチ、ルビーを散りばめたグラスの縁、そして金細工の食器や柱の飾り。 ランダリエで産出される金や宝石を惜しみなく使い、豊かさを見せびらかすようだった。 「すごい……」 これほど豪華な装いは見たことがなく、エマは圧倒された。 「おい、何を呆けている」 「あっ、殿下」 「行くぞ」 レオナールがきつくエマを睨み、顎をしゃくった。 婚約者として、共に貴賓たちへ挨拶をして回らなくてはいけないのだ。 レオナールの夜会用の礼服は、黒を基調としたもので、胸元には王家の紋章が金糸で織り込まれ、王子の品格を表していた。 対するエマは、ここでも『聖樹』専用の白い法衣だ。式典のときより格を落とした礼装で、金糸の刺繍に、小さな宝石が縁取りに使われているだけの簡素なものである。 レオナールはエマを従えて、最初にオスティン帝国の皇太子の元へ、挨拶に向かった。 「皇太子殿下、お越しいただきありがとうございます。心より歓迎を申し上げます」 レオナールは格上の皇太子に、愛想良く話しかける。 皇太子は、この場にいる誰よりも豪奢で目を引く衣装だった。白を基調に金刺繍が施され、藍色のマントには皇
ベッドの上に座り込み、夜着の裾をめくりあげる。 両足を広げ、股間を空気にさらすと、ひんやりした外気にピクッと震えた。 蕾に左手を伸ばし、軽く触れると、花が開くように盛り上がっている。 発情期ほどではないが、やはりその時期が近いのだと思った。 「ぁ、熱いっ」 指で触れただけで、蕾がうごめいた。 エマは、ゆっくりと人差し指を中に差し込む。 「んんっ、ぁ、ァッ」 すぐにトロトロと愛液があふれてきた。 「んぁぁ、ッ……はぁんっ」 指を飲み込んだ蕾が、きゅっと締めつけ、欲しがるようにうごめく。 敏感な蕾は、指で触れるだけで気持ちいい。 中を掻き回したくなるが、エマは右手に静香石を持った。 「ぁんッ」 入り口にあてただけで、感じてしまう。 敏感な躰に戸惑いながら、少し奥へと押し込んだ。 「ァッ……ん、んぁぁっ!」 慎重に挿入するつもりが、蕾はあっけないほど簡単に、静香石を飲み込んだ。 「ッ、ぁッ、ひぁぁんっ」 蕾を押し広げ、スルッと入ってきた冷たい感触に、体を震わせる。 無機質な魔道具だが、痛みもなく、すぐに蕾に馴染んできた。 「あぁぁんっ、……はぁ、はぁっ」 静香石を飲み込んだ蕾は、悦ぶようにギュウギュウと締めつける。 腰が甘く疼き、エマは無意識に半身を握りしめた。 すでに半勃ちの雄を、上下に扱き出す。 「はぁっ、ァァ、ッ……ひゃぁぁッ!」 あっけなく弾けて、股間を濡らした。 けれど、いちど果てただけでは、熱がおさまらない。 エマは脚を開いたまま、快楽に追われるように、夢中で昂ぶりを扱いた。 「ひゃぁんっ、ぁぁ、ぁんっ、アァァッ!」 ビクビクと躰を震わせ、三回ほど達したところで、ようやく理性が戻ってきた。 「ぅぅ……」 発情期よりマシとはいえ、抑制剤の効き目が悪いせいで、快楽に思考を奪われてしまう。 ベタベタに濡れた